Shureアーカイブはミステリーと宝の山

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階段をカンカンと上り、隙間なく並ぶエンジニア・ワークステーションの海を通り抜け、荷受ドックを超え、品質ラボを通り過ぎたその先にあるShureアーカイブ室へようこそ。

階段をカンカンと上り、隙間なく並ぶエンジニア・ワークステーションの海を通り抜け、荷受ドックを超え、品質ラボを通り過ぎたその先にあるShureアーカイブ室へようこそ。オーディオ愛好家の皆さんにとって、Shureアーカイブは、言わばリッチな人々にとってのアメリカ国立公文書記録管理局のようなもの。でも、格調高い管理局とは違い、アーカイブ室のドアを開けられるパスコードを手にできるのはほんの一握りの人だけなのです。

 
アーカイブの中身

天井まで届くぎっしりと並んだ書棚は12列が書類、10列が製作物を納めています。ここを通過し、さらに厳格な入室制限を通り過ぎたその向こうには、まだカタログに記録されていない、いわゆるガラクタから、とても値段がつけられないような貴重品まで、さまざまな物品が納められています。このエリアに常時入室が許可されるのは、Shure社員の中でもほんの数名に限られています。

 

アーカイブ担当者紹介

これらすべてのアーカイブを管理しているのがジュリー・スナイダー。彼女はShureの図書館司書も兼任しています。さまざまなマシーン類、フォークリフトの唸る音、ドリル・プレスのキーキー騒がしい音、時折隣の部屋から聞こえる「悪いね、ジュリー!」という明るい声に囲まれた彼女の職場は、これまで彼女が勤務したことのあるどの企業、公共、あるいは大学の図書館ともまったく異なります。

そんなShureに彼女が司書として勤務し始めたのは2008年のことです。Shureはそれまでにプロのアーカイブ担当者を雇ってShureアーカイブのカタログ化を開始。Shure Radio Company創立期(1925年)までさかのぼる大きな倉庫棚いっぱいの品々を含むコンテンツの記録整理に取り掛かっていました。

ジュリーがこのアーカイブ業務を司書業務に加えて引き継ぐことになったのはその1年後です。彼女はアーカイブの経験がなかったためこの業務にはじめは戸惑いを感じていたそうですが、サポートは整っていました。「アーカイブを整理するために雇われたコンサルタントたちは、ここを離れる前にシステムを構築し、とてもよい環境をすでに作ってくれていました。ですから私も引き継げたのでしょうね」。と彼女は語ります。

 
貸し出し用図書館との違い

4,000ものコレクション収集物、積み上げればなんと400mもの高さに及ぶ膨大な量の書類。いつも何かがジュリーの部屋に紛れ込んでくるそうです。1年ごとのオフィス清掃では、机の引き出しに入っていたはずの2012年冬のNAMMで配布したパンチアウト・ギター・ピックが、タイトルもつけられていない段ボール箱から見つかったり、フォークリフトで廃棄され損なったまだ使えるUHF-R受信機があったり(Shureでは下取りも行なっていますからね)。珍しいケースではありますが、コレクションから消えた貴重な物品がオークションで見つかって、Shureが購入することもあります。

 

とはいえ、そんなことは本当に稀で、ロビーのディスプレイ・ケースのアイテムを除き、アーカイブされたアイテムはこの建物どころかこのエリアから出ることさえほとんどありません。アーカイブからの貸借もほぼ皆無です。安全なアーカイブ棚に保管しておくほど確実なことはありませんからね。

その取り扱いも当然重要視され、新品の手袋、清掃用のニトリル製手袋なども豊富に用意。1983年のマーケティング会議の古く黄ばんだただのメモでさえ、手袋着用なしに触れられることはありえません。

 
ジュリーのお気に入り

アーカイブ担当者たちはそれぞれのアイテムを敬意を持って管理しています。愛情を注いでいると言ってもいいでしょう。ですからコレクションの中から代表的なものを選んでくれるようジュリーに頼んだときは、まるで「自分の子供たちの中で誰が一番好き?」と尋ねているような気分でしたよ。ある多忙な日にどうにかツアーをお願いした私たちは、その1時間ほどで不思議なものから並外れたものまで、様々な品を見せてもらいました。

Zephyr クリスタル・ピックアップ・トーンアーム
推定1936年

 

708A ロケット・ダイナミック・クリスタル・マイクロホン
推定1940年

 

「これら2つの品は、この時代に流行していたデザインと素材を使用した、明らかに建築にインスパイアされた製品です。」とジュリーは説明してくれました。「Zephyrトーンアームが作成されたころ、ベークライトはラジオのケースによく使用されていました。軽量で熱に強く柔軟ですからね。当時は、戦争のために鉄の使用が制限されていたのです。」

Shure Hercules 510-C コントロールド・リラクタンス・マイクロホン
推定1949年

 

「私のお気に入りのマイクの一つです」とジュリーは微笑みながら紹介してくれました。「ミリタリーグリーン、ホワイト、シルバーなど、様々な色があるんですよ。General ElectricやBell + Howellといったテープレコーダーメーカーのために製作されたものです。消費者向けには、音響PA用マイクとして販売されました。」

「とても古いマイク」
推定1920年代

 

「このマイクが見つかった箱には、本当にこの名前のラベルがついていたんです。Shureのマイクですが、他社のマイクもあります。1本はEllisマイクロホンですが、実はShureはEllisと製作場所をシェアして、その販売をサポートしていた時代があったんですよ。他にも『Shure Brothersにより再構築および再調整済み』というラベルがついたものもあります。」とジュリーはラベルを見せてくれました。「Shureはその初期、他社のマイクを修理していた時代もあったとわかったのは、これのおかげなんです。」

リボン・マイクロホン
推定1930年後期~1940年初期

 

「いまだに謎とされているのがこちらです。」とジュリーは語っています。「RCAリボン・マイクロホンのように見えますが、Shureのロゴがついているんですよ。でも、古いカタログにこれと同じものはないんです。中央に見える波型のリボン部分は、現在のShureリボン・マイクロホンではRoswellite®と呼ばれる素材に変えられています。

SM58 Hamer Guitar (およびジュリー・スナイダー)
推定1980年代後期~1990年代初期

 

「これはHamer GuitarsがそのSM58への愛情から製作してくれたギフトなんです。背面のケーブル用XLRコネクタまで、かなり細かく再現してありますよ。それにロゴを見てください。」とジュリーは指差します。「エアブラシのロゴは、まさに80年代の象徴ですよね。しかも、このギターは実際に弾くことができるんです。Shureのアソシエートがこのギターで「スィート・ホーム・シカゴ」を演奏しているのをビデオで見ることができますよ。

無響室の扉
推定1950年初期

 

「冷凍貯蔵庫の扉より厚いのでは、と思うほどがっしりしたこの扉は、当時イリノイ州エバンストンにあったShureの無響室の扉です。」とジュリーは説明してくれました。「SM57およびSM58が開発テストされたのはこの無響室だったため、本社がナイルズに移設された際にも重要な歴史的財産として共に運ばれたのです。」

ツアーの後、完璧に整頓された棚に収められた豪華なホリンジャー社製アーカイブ保管箱に、ジュリーは品物を一つ一つ返還していきました。

ジュリーはアーカイブ担当者として、探求から生まれる驚きと成果の両方を味わっています。「自分がこれほどのものを引き継いでいるとは、まったく想像していませんでしたよ」。彼女はこう語っています。また入り口からの距離はあるものの、Shure本社のかなり大きな一角を占める彼女の「仕事場」について、ジュリーは感謝しているそうです。「じめじめとした地下や暑い天井裏といった、アーカイブにありがちな場所じゃありませんからね。水族館で働いていた私の同業の友人は、図書室の入り口がイルカの水槽の下にあって、コレクションに水槽の水が漏れてくるんだと嘆いていましたよ。ここではそんなことありえません」