その伝説の源:SM58の中身に迫る

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SM58という製品がどうやって実現されたのかは、マイクロホンエンジニアリングにおける3つの小さな奇跡、ダイアフラム、トランスデューサ、そしてショック・マウントが鍵となっています。それぞれについて、ここでご紹介したいと思います。

はっきりと明瞭なサウンド。暖かみのある低域。ボーカルに最適。実質的に壊れることがない堅牢でソリッドな品質。業界基準として君臨。

 

他の伝説的な製品の大半と同様、SM58もそのすべてをいとも簡単に実現しているかのように見えます。しかし実際には、オリジナルの「鳥かご」スタイルのユニダインモデルから小型のハンドヘルドスタイルに移行することは大きなチャレンジだったのです。Shureのエンジニアであるベン・バウアーおよびアーニー・シーラーの両氏は、バウアー氏のオリジナルのユニダインデザインからさらに周波数特性と指向性の改善を追及し、トランスデューサーもハンドヘルドマイクロホンに搭載できるよう小型化を求めていました。しかし小型のハンドヘルドというフォームファクターは新たな懸念を引き起こします。ポップ音の防止、振動分離、そしてシンメトリーなデザインなど、一度設置したら動かすことのない大型のスタンドマウント式マイクロホンにはなかった問題が発生し始めたのです。

そんな中でSM58という製品がどうやって実現されたのかは、マイクロホンエンジニアリングにおける3つの小さな奇跡、ダイアフラム、トランスデューサ、そしてショック・マウントが鍵となっています。それぞれについて、ここでご紹介したいと思います。

でもその前に、ダイナミックマイクロホンが音波を電子エネルギーに変換する方法について簡単におさらいしておきましょう。

ダイナミック・カートリッジ

ダイナミック・カートリッジ

すべてのダイナミックマイクロホンと同じく、SM58にはダイアフラム/ボイスコイル/マグネットアセンブリがあり、これらが発生する起電力を利用しています。音波はダイアフラムと呼ばれる薄くて軽い膜にあたり、これを振動させます。ダイアフラムの背面にはボイスコイルが付属しており、これも一緒に振動します。ボイスコイルの周りには、小さなマグネットが生成する磁場があります。磁場の中にあるボイスコイルの動きが、マイクロホンが収音したサウンドに相応する電気信号を生成します。

 
ダイアフラムのデザイン

SM58に使用されるユニダインIIIトランスデューサーのダイアフラムをアーニー・シーラー氏がデザインした当時、彼はマイクロホンデザインにおけるもっとも大きな課題の一つであるダイアフラムの屈曲を解決することも心に決めていました。 ダイアフラムは当てられた音の周波数が低域か、中域か、高域かにより、その曲がり方が異なることがよくあります。つまり、コイルの動きは音波と完全に一致せず、音質に明らかな乱れが生じるのです。

そこでシーラー氏は新たなダイアフラムとして、とても固いけれど軽量な特殊なプラスチックであるマイラー™ポリエステルフィルムを採用、これによりダイアフラムはわずかな音波にも容易に反応するもののあまり曲がることはない、という成果が生まれました。さらにダイアフラムはユニークな形状、つまりドーナツ型のようでありながら中央にはドームがあるような形で作成されました。これによりダイアフラムとボイスコイルは1つの部品として同じ動きで上下し、音声の周波数の高さに関わらず屈曲は抑えられることになったのです。このマイラー™ダイアフラムは厚さにも工夫が凝らされ、中央部はより厚く硬くしたことで高音域に対する応答が大きく改良されました。このデザインにより、SM58のあらゆる周波数レンジでのスムーズでバランスのとれたサウンドが実現しているのです。

 
トランスデューサー・デザイン

アーニー・シーラー氏はユニダインIIIカートリッジに「すべてのスペクトラムにおいて変わらない指向特性」を求めていました。これはつまり、低域、中域、高域すべてにおけるカーディオイドパターンということです。

さらに「軸対称」であることも求められました。これは、マイクがどの角度であっても音も収音パターンも一貫しているということを示します。30年代から50年代にかけては、これはあまり重要なことではありませんでした。というのも、パフォーマーたちはスタンドに固定されたマイクを動かすことはなかったからです。この当時のマイクロホンのほとんどはマイクの上下で指向性がかなり異なっていましたが、パフォーマーとマイクの位置関係も、マイクとラウドスピーカーの位置関係も、どちらも変化することはなかったため、問題になることもなかったのです。

しかし60年代になってロックが人気を集め始めると、マイクを持ってステージを歩き回りたいと願うパフォーマーの数が増えてきました。これはつまりマイクとパフォーマーの距離や、マイクとラウンドスピーカーの距離が変化し得ることを意味するため、マイクの音質がその角度に関わらず一貫していることが初めて重要になったのです。

またオリジナルのユニダインをデザインしている間に、ベン・バウアー氏が画期的な「フロントドア/バックドア」システム(ユニフェーズ原理)を開発、これにより音波がマイクロホンのダイアフラムに到達するために2つの通路が確保されることになりました。マイクの背面から入ってくるサウンドはダイアフラムの正面と背面に同時に到達し、これがまるでドアを両側から同時に押しているのと同じようにお互いの力を打ち消しあうためダイアフラムは動かされず、つまり信号が生成されないというわけです。

シーラー氏はこのユニフェーズ原理を採用して545565、そしてSM58のような新型の小型ハンドヘルドモデルの製作を行い、開口部、スクリーン、キャビティなどの複雑な音響ネットワークを加えることですべての周波数レンジにおける指向性を改良することに成功しました。

均一な極性パターンと軸対称というコンセプトは現在では当たり前のように思えますが、これにより初めてパフォーマーはステージを歩き回って観客を盛り上げられる他、サウンドエンジニアにとっても大型の会場に必要とされるパワフルなPAシステムからもハウリングを発生させることなくマイクゲインを上げられるようになり、きわめて画期的な開発だったことがわかります。

 
ショック・マウント

SM58のハンドルの奥深くには、もう一つの技術革新、物理的振動のための衝撃吸収材が搭載されています。マイクロホンダイアフラムはほんのわずかな音波でも動くようにデザインされているためきわめて繊細な造りとなっていますが、これはつまり誰かがマイクロホンのハンドルに触れた際に発生する振動に対しても極めて繊細であるということを意味します。

そのためのシンプルな解決策は、トランスデューサをゴム製のリングにマウントし振動エネルギーを吸収させることです。しかしマイクロホンにはそれぞれ特に伝わりやすい振動や特に音に影響しやすい振動というものがあり、一つの解決策がすべてのケースに当てはまるというわけにはいきません。そこでシーラー氏はSM58に使用されているユニダインIIIトランスデューサ専用のショック・マウントを設計し、このマイクの音質に最も影響を与える周波数レンジに合わせた振動吸収を実現させたのです。

SM58のパフォーマンスにおいて、このショック・マウントはまさに隠れたヒーローなのです。安いマイクを軽く叩いてみるとまるでドラムのような音が響きますが、SM58ではくぐもった鈍い音しかしません。ロジャー・ダルトリー(Roger Daltrey)のようにアクションの一環として荒々しくマイクを扱うパフォーマーにさえSM58が愛される理由は、このショック・マウントなのです。

SM58内部のショック・マウント

SM58内部のショック・マウント

 
エンジニアリングの今と昔

ショック・マウントの開発だけに300を超える手書きの数式計算を費やしたという伝説が残っていますが、原理を完璧に機能させマイクロホンを大量生産できるレベルに到達するまでに費やされたリサーチ、テスト、再テストの時間は計り知れません。

SM58の素晴らしさをその細部に至るまで理解している人物の一人に、原理エンジニアのユーリ・シュルマン氏がいます。ユニダインIIIカートリッジの開発自体はユーリ氏がShureに入社した1981年よりも前の話ですが、彼はアーニー・シーラー氏のことをよく覚えており、また当時のオーディオエンジニアたちが使用していた原始的なツールについても話を聞かせてくれました。

「アーニー・シーラーは、アメリカのベン・バウアー、ドイツのゲオルグ・ノイマンと同じく、過去100年間の中で最も才能のあるエンジニアの一人でしたよ。アーニーは音響における伝説的な人物で、素晴らしい数学者でもありました。」とユーリ氏は語っています。

当時使用されていたツールは製図台、対数表、計算尺。周波数特性は小さなサウンドルームでAmpexのオープンリール機でテストされ、マイクの落下試験は中二階から一階にマイクを落として計測。プロトタイプは、メカニックのチームが製作し、マーケティング、デザイン、エンジニアリング、めっき、成形、塗装、アセンブリ、配送、すべてがイリノイ州エヴァンストンにあった本社の中で行われていたそうです。樹脂成形機のプラスチックを焦がしたら、スタッフ全員に知れ渡っていたものですよ。と彼は語っています。

初期のマイク開発部の限られたスペースとは反対に、現在のShureは65,000平方フィートのテクノロジー・アネックスを備えています。その中ではシーラー氏の時代と同じ機器が使用されている場所もありますが、現代の電子音響ソフトウェアはより正確な成果を数分、数時間単位ではなく秒単位で生成することができます。 2部屋ある無響室や最新技術を取り揃えたリスニングルームは常に使用中の状態です。3Dプリンターによりプロトタイプの製作は数週間以上短縮され、35年前には多くの人間を必要とした仕事も、現在のツール・ルームではほんの数人の機械工(およびロボット)が完成させています。

昔の方が良かったと惜しむことはユーリ氏にはないそうですが、あえて言うなら、ほんの数歩で製造確認できる便利さだそうです。彼は、より正確なツール使用、新たな素材、より高まった一貫性、改良されたプロダクションプロセスと耐久性を挙げて、現代のSM58マイクロホンは「大幅に改良されている」ということを強調し、「現在のSM58はこれまでの中でも最高の製品ですよ。1本が、出荷前に厳格なテストを受けて規格に適合していることを確認されています。ここまで注意深いメーカーは他にはないでしょうね。」と自信をもって語っています。

SM58 50周年記念特設サイト
http://sm58.shure.com/ja/

SM58 50周年記念モデル 製品ページ
https://www.shure.com/ja-JP/products/microphones/sm58-50a