エンジニア/プロデューサー Sadaharu Yagi 氏 ヘッドホンレビュー (SRH940)

その音を数秒聴いた瞬間に私は心を奪われてしまいました。

ある日、サイモン・フィリップスのドラムをレコーディングしながら、彼と2人でスタジオで作業しているとき、彼がふと「SHUREのSRH940ってヘッドホンがいいから試してみなよ」と言ってきました。私はそれまで某メーカーのヘッドホンを長年使っていたので、あまり期待せずにそのヘッドホンを耳に当てたのですが、その音を数秒聴いた瞬間に私は心を奪われてしまいました。

高域の無理の無いスムーズな伸びからくる透明感と、低域の自然な安定感。一般的に高域、中域に比べ比較的にその繊細な動きが聞きにくい低域。しかしSRH940は、私の印象としては、120Hzくらいから下の各周波数の音の解像度がぼやけること無く、低い方までかなり詳細に動きを再現してくれています。広い周波数帯がディストーションギターで埋められてしまうようなロックの曲でも、すべての楽器が1つの固まりのよう聞こえる形に再生されず、ちゃんとその下のベースの動きやバスドラムの鳴りをナチュラルに再現してくれるヘッドホンです。また上述したように、高域もきれいで10KHzあたりより上の帯域が滞ること無く伸びていているので、自然な明るさで他社のヘッドホンにたまにある耳に痛い感じも全くありません。中域も比較的、ヌケのよい、分離感のいい印象を受けます。

トランジエント・レスポンスもよく、打楽器などの音の立ち上がりを遅れること無く精密に再現してくれていて、非常に正直なヘッドホンです。このトランジエントの良さと周波数レンジの広い再現性から、平面的ではなく、3D空間の音作りをイメージしながら作業する上で、SRH940は非常に優れていると思います。スピーカを使わず、ヘッドホン環境で音像を左右ではなく前後に動かす場合に、このSRH940ほどわずかなミックスの動きを詳細に表現してくれるヘッドホンは、なかなかないのではないでしょうか。

また、高い再現性のハイエンドを持ち合わせながらも、全体的なレスポンスとしては高解像度かつ非常にきれいにバランスの取れた仕上がりになっていると思います。装着感の良さも評価すべき点で、制作以外でも、このヘッドホンをよく使います。単純に音質の良さを楽しむ上で過去の名作レコードを聴くときも私はこのヘッドホンを使用しています。

こうして、あの日サイモンのドラムの音を聞いて以来、私のメイン・ヘッドホンはSRH940に取って変わってしまったわけです。

Sadaharu Yagi
Sadaharu Yagi

LAを拠点に活動するグラミー賞受賞エンジニア/プロデューサー。シャナイア・トゥエイン、リッキー・マーティン、ワイクリフ・ジョン、リンプ・ビスキットといった世界トップのプロジェクトを手掛け、オルタナティヴ・ロックからブルース、R&B、ラテン・ポップまで幅広いジャンルで活躍。 2013年、ドラコ・ロサのアルバム「VIDA」を手掛け、レコーディング・エンジニアとして第14回ラテン・グラミー賞を受賞。それに続き2014年、第56回グラミー賞にて再び同作でトロフィーを受賞。2019年、 第20回ラテン・グラミー賞のベスト・ロック・アルバム部門において、自身3度目となるグラミーを受賞する。

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