オーディオビジュアル評論家 小原 由夫氏 ポータブル・リスニング・アンプレビュー (SHA900)

相手の選り好みが少なく実に頼もしい存在
相手の選り好みが少なく実に頼もしい存在 – オーディオビジュアル評論家小原由夫氏 - SHA900レビュー

 シュアというメーカーに対する私の信頼感は、かつてのMMカートリッジ全盛期以来、揺るぎないものだ。V15シリーズやM44シリーズのカートリッジから、私はアナログオーディオの作法をたくさん学んだ。一方で、SM58を始めとするマイクの信頼感も、プロオーディオ業界では確固たるものがあるという。多くのリスペクトを集めているシュアなのである。

 そんなシュアが昨今めざましい活躍をしているのは、イヤホン/ヘッドホン市場だ。バランスドアーマチュアを採用したカナル型イヤホンの多数ラインナップを擁しているが、昨年から今年にかけて多くの話題をさらっているのが、世界初の密閉型ポータブルタイプのコンデンサー型イヤホンKSE1500だ。私が今回取り上げたのは、そのKSE1500と同時発表されたポータブルヘッドホンアンプSHA900である。

 改めていうまでもないのだが、SHA900は、KSE1500からコンデンサー型イヤホンの駆動回路を省いたものである。4バンドパラメトリックEQ、4種類のサンプリングモード対応DACなどは共通仕様だ。前述の駆動用高圧回路を省いた部分は、連続再生時間のロングライフ化に当てられている。

 いろいろと話題のKSE1500の影にあって、この優秀な弟分がなかなか正当に脚光を浴びていない。私はここでSHA900のポテンシャルを徹底的に深堀りしてみようと思う。

 まずは、SHA900と他社のポータブルプレーヤーとのUSB接続をあれこれ試みてみよう。

 

■SHA900 + ポータブルミュージックプレイヤー

 

最初に試したのは、ソニーのハイレゾ対応ウォークマンの初代機NW-ZX1。専用のハイレゾオーディオ出力用USB変換ケーブルWMC-NWH10を介してSHA900と接続することになるが、そのままではUSB端子が適合しないため、USB-A(オス)→microUSB(オス)変換プラグを用意した。SHA900の天面のインジケーターはオレンジ色、ディスプレイのバッテリー表示マークは、チャージ状態のオレンジ色である。イヤホンはオーリソニクスASG2.5-Red。

 非常にパワフルで、ローエンドまでしっかりと血が通った濃密なサウンド。それはASG2.5-Redの特質でもあるが、低域の解像力の高さがとりわけ顕著に感じられる。ヴォーカルは非常に滑らかで艶っぽく、人肌の温もりが声の再現から感じ取れる。ビートはやや太めだが、エネルギーバランスとしてどっしりと安定感がある。

 続いてiPad mini。再生アプリは、ONKYOのHF Player(有償のHDプレーヤーパック)。SHA900付属のLightning/microUSBケーブルで接続する。インジケーターはグリーンを表示した。

 これまた情報量たっぷり。一音一音が粒立ちよく、明瞭度が高い印象だ。ハイレゾらしいハイエンドの伸び、立体的な表現力が素晴らしい。ちなみにSHA900にも4バンドのパラメトリックEQが内蔵されているが、HF Playerでは、最大16,384バンドのグラフィックイコライザを駆使できる点も嬉しい。

 なお、他に用意したプレーヤーの中では、TEAC HA-P90SDがあったが、USB接続にてプレーヤーとして認識されなかった。

 

■SHA900 + 様々なタイプのイヤホン/ヘッドホン

 

今度はアステル&ケルンのポータブルプレーヤーAK380をライン接続し、様々なタイプのヘッドホン/イヤホンでSHA900のドライブ力、適合力を推し量ってみよう。

 まずは自社のSE215。温かみのあるヴォーカルの質感で、言葉尻のニュアンスやアクセントが一段と鮮明。イヤホンのグレードが2ランクぐらい上がった印象だ。ローレベルはがっちりとした骨格で逞しさがあり、ヴォーカルのフォルムには厚みがある。特に低域方向の充実ぶりには目(耳)を見張る。

 ここで4バンド・パラメトリックEQを動かしてみた。50Hz/250Hz/4kHz/12.5kHzに設定し、Qを調節。Qの鋭さは3段階から選択できる。これみよがしの劇薬的効き目ではなく、ほどよい按配で効果を発揮する、実にナチュラルな効き目といえる。

 なお、本機に内蔵されているLOW BOOSTやVOCAL BOOST、LOUDNESSなどをベースに補正したデータは、ユーザーモードとして改めて登録可能。この辺りはビギナーも意識した使い勝手として、よく練られていると思う。

 続いてSE535。高い遮音性に裏打ちされ、ヴォーカルやソロ楽器がスーッと自然に浮かび上がってくる。純正組み合わせなのだから相性がよくて当然だが、細かな音の描写力が高く、反応のよさが感じられる。全帯域に渡ってエネルギー密度が均質で、偏ったような帯域がない。微細な音のニュアンスがとても明瞭な点は、AK380単独よりも明らかにドライブ力が上がったことの恩恵だろう。

 オーディオテクニカATH-CK100PROでは、落ち着いたアダルトなムードのヴォーカルが楽しめた。全体にゆったりとした穏やかな音調で、サックスやピアノのナチュラルな質感も好ましい。また、音場の立体的な再現も広々としている。

 オンキヨーのカスタムIEM、IE-C2では、まるで耳元で囁いているような近接したリアルなフォルムのヴォーカルを感じた。ベースもがっちり太く響き、ピッキングの指が見えそうなリアリズム。クラシックもハーモニーが重厚で力強く、スケール感が雄大。SHA900ががっちり駆動しているという印象である。

 FitearのAirも、グッと迫ってくるようなヴォーカルの張り出し感。しかも適度な色艶と湿り気を感じる。ベースの豊かな胴鳴り、ピアノの柔らかなタッチも実にいい感じだ。楽器の定位に遠近感も感じられ、空間情報が正確に伝送されているように感じる。

 

■SHA900 + ヘッドホン

 オーバーヘッドタイプのヘッドホンは、シュアSRH1840から試聴。オープンエア型の定番モデルだ。インピーダンスはごく普通の値だが、感度がやや低めなのでSHA900のゲインをHighに設定した方がベターだろう。

 ヴォーカルがポッと浮かんでいるような定位感。ブリブリ、グイグイとドライブする感じではなく、必要な時に必要な量だけを供給するような、そんな余裕の鳴り方をSHA900が提供しているよう。縁の下の力持ち的なサポートだ。オーケストラを聴いても響きが非常にしなやかで、何層ものハーモニーに包まれるような感覚だ。

 密閉型のSRH940は、SRH1840と性格がだいぶ異なる。若干ハイバランスで、高域のシャー プさとソリッド感が目立つ。ヴォーカルはメリハリ感があり、語尾がやや強調される印象。ここでSHA900のEQで「VOCAL BOOST」をオンしてみた。これで高域の強調感がいくらか緩和された。さらに思い切って、パラメトリックEQを調整。ここで63Hz/400Hz/3.15kHz/16KHzの4ポイントを選択し、適宜調整してみたところ、いい按配でのコントロール--極端な変化ではなく--が実感できた。これはぜひ積極的に使ってみたい。

 それにしても、SHA900はボリュームのローレットの適度な硬さがいい。勢いで回してしまうようなことがあっても、それなりに重たい抵抗感なので、急にアップ/ダウンするようにはならない。

 

 さて、負荷インピーダンス300ΩのゼンハイザーHD650は、充分駆動するのがなかなか難儀なモデルだ。しかしSHA900はそれをものともしない。危なげなく、ヴォーカルもくっきり鮮明に、しかも色艶をしっかりと湛えながら、温もりを感じさせる鳴りっぷり。クラシックの重厚な響きにもまったく怯まない。思いのほか低インピーダンスの適合力があることがわかった。オープン型のHD650だから、屋外使用はあまり考えられないが、手ごろなポータブルアンプでHD650が鳴らせないものかと考えていた人にとって、SHA900は大いに選択肢となり得る。

 同様にAKGのK240Monitorも、600Ωという鳴らしにくいハイインピーダンスのオープン型だ。出力音圧レベルも、現代の水準と比べたらかなり低い。ワイドレンジ感こそ控えめだが、ナチュラルな質感再現とフラットなエネルギーバランスで、スタジオモニターらしい忠実さ、トランスデューサーとしての優秀さが実感できた。ピアノとベースの伴奏から自然と浮かび上がる音像フォルムの柔らかな弾力感が堪らない。女性ヴォーカルならではの包容力と優しさ、母性が感じられるのだ。オーケストラも力強く、土台がしっかりとした磐石な再生っぷり。全体に引き締まったムードで、怠さや緩さがない。

 ウルトラゾーンEdition8 Rutheniumは、インピーダンスも出力音圧レベルも標準的な値。 若干か細いところはあるが、スレンダーなフォルムと、たっぷりと膨らみのあるベースがいい感じだ。何しろヴォーカルとリズムセクションの距離感が感じられるのがいい。オーケストラでも隅々までしっかりとエネルギーが行き渡った高分解能サウンド。広々とした音場スケールが楽しめた。

 ウォルナット製のウッドハウジングが個性的なデノンAH-MM400では、ローエンドの充実感、芯のある再現が好ましい。ヴォーカルには潤いが感じられ、質感の自然さ、タッチの柔らかさが醸し出されている。伴奏とのほどよい距離感もあり、ポータブル型ヘッドホンとしては充分に満足度の高い再生。オーケストラの厚み、ダイナミクスも存分に感じ取れた。

 オーディオテクニカATH-A2000Zは、同社の屋台骨を支える「ART MONITOR」シリーズの最上位機だ。瑞々しく、ややスマートなニュアンスのヴォーカルが頭内にくっきりと定位する。広い周波数レンジ感で、立体的なステレオイメージ内にピアノやベースが克明に定位する。クリアーな見通しのよさ、音場感がクラシックにも有効で、メロディーの構成、楽器の重なりがビジュアル的にイメージできるかのよう。

 

■ヴァーサタイルなキャラクターを実感

 以上、数種類のポータブルプレーヤーと組合せ、また様々なイヤホン/ヘッドホンでSHA900のポテンシャルを確認してみたが、そのヴァーサタイルなキャラクターが実感できた。相手の選り好みが少なく、ハイインピーダンスのヘッドホンも充分に鳴らせるSHA900は、柔軟さという点で実に頼もしい存在に感じた次第である。

 

 

 

小原 由夫  (おばら よしお)
小原 由夫 (おばら よしお)

オーディオビジュアル評論家。 理工系大学卒業後、電気回路エンジニア、雑誌編集者を経て、1992年より、フリーランスのオーディオ・ビジュアル評論家として活動。50平米強の広さの 自宅の仕事場には、200インチの大画面と大型スピーカーによる5.1chシステムを設置。アナログレコードのモノーラル再生から最新のデジタルサラウン ド、AV、PCオーディオ、カーオーディオに至るまで、そのフィールドの広さ、知見の深さでも定評があり、「実践あっての評論」というポリシーの元、多く のオーディオ誌、AV誌等に執筆している。 趣味はロードバイク、水泳、万年筆蒐集。

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