Shureエンジニア Yuri Shulmanのヘッドホン解説

Davida Rochman | 2013年10月17日 Shureエンジニア Yuri Shulmanのヘッドホン解説

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ヘッドホンには現在幅広い選択肢があり、多くのユーザーが自分の用途に適したヘッドホンを選ぶガイドを求めています。Shureの製品ラインは現在9つのモデル―オープンバック、クローズドバック、DJ用ヘッドホンを展開しています。読者の皆さんに役立てていただけるには、いったいどのような情報が実際的なのでしょうか?打破すべき逸話といったものはあるのでしょうか?

そこで、Shureで32年の経歴を持つベテランのエンジニア長であり、この拡大を続ける製品ラインの開発を率いるYuri Shulman氏に話を伺うことにしました。サウンドシグネチャー、周波数レスポンス、さらにわずかながらではありますが音響心理の科学についてまで解説してもらいました。

 

Shure(S) 周波数レスポンスについて教えていただけますか?フラットな周波数レスポンスのほうが調整されているものより良いと思われがちなようですが。

Yuri Shulman(Y) 周波数レスポンスは音色の質の認識に強い影響を与えるので、高品質のヘッドホンデザインにおいて不可欠な要素です。フラットのほうが良いという話は、ラウドスピーカー業界でフラットなレスポンス(スピーカーの音響出力があらゆる周波数において変化しない)のほうが好まれていたことに由来しています。しかし、ラウドスピーカー用の音響測定とヘッドホンのそれとでは大きな違いがあります。

ラウドスピーカーの周波数レスポンスは自由音場という条件で査定されますが、ヘッドホンの場合、聞き手の認識した周波数レスポンス計測結果がその用途に沿っているかを確認するために耳にかぶせる必要があります。つまり、計測システムに「耳」が組み込まれていなくてはならないのです。

これまでに、いくつかの方法によって「耳」が再現されてきています。可聴音圧比較、擬耳とカプラーによる機械的測定もその例です。このようなヘッドホン計測テクニックでは、結果的な周波数レスポンスにはリスナーの耳のフィルタリング効果が含まれているため、フラット周波数レスポンスのリファレンスは適用されません。その代わり、対象のヘッドホンのレスポンスは、フラットなラウドスピーカーを部屋の「スイートスポット」で聞いているのと同じような「自然な」リスニング体験を提供するようデザインされることになります。

当社のヘッドホンの多くはフラットとして聞こえるようデザインされ、均等化されていない自然なバランスが取れたサウンドを提供します。もちろん、ユーザーの特別な状況によってはフラットな可聴周波数レスポンスではないものが求められる場合もあります。

 

S では、リスナーの耳の構造における実際の違いがユーザーの好みに影響を与えるということですか

すべての人々にとって完璧な音をデザインするというのはとても難しいことです。実際それは不可能で、おっしゃるとおり、リスナーの耳の身体的特徴が影響するのがその理由の一つでもあります。Shureのヘッドホンをデザインするにあたっては、私たちは人間の平均的な耳に基づいた業界標準の耳のシミュレータを使用しています。その構造は、細かく計測された何千人もの耳に基づいて作られています。しかし、人によってはこのような標準的な耳と大きく異なる場合があります。さらに、個人の好みがもちろん影響しますしね。

 

S フラットなレスポンスが好まれるのはどういったときでしょうか

レコーディングやミックスをする人は、サウンドスペクトラムのすべてのコンポーネントをフルレゾルーションと音色の高精確性をもって聞く必要があります。そのため、ニュートラルな特性を持つツールがとても重要になります。SRH940やSRH1840のような製品はクリティカルリスニングのためのプロフェッショナルヘッドホンで、モニタリング、ミキシング、マスタリングに使用されており、高い精確性のためにデザインされているため、プロのユーザーが限りなく細かいディテールまで捉えられるようになっています。

 

S 調整されたレスポンスのヘッドホンが使用されるのはどのような場合ですか

たとえば、DJのヘッドホンでは精確なサウンド再生は必要とされません。それよりも、このようなヘッドホンは強化された低域と鮮やかな高域を提供します。ミックスの際に意識されるのはキックドラム、スネア、ハイハットであり、複雑な音波のディテールではないからです。

 

S ヘッドホンは「エイジング期間」が必要という話を良く聞きますが、これは本当ですか?

これは事実というより逸話ですね。ヘッドホンが真新しいと、ドライバーのサスペンションが少し安定しないという人たちは確かにいます。

Shureとしてはこれには同意していません。先ほども言いましたが、一部のラウドスピーカーにとって正しいこと(100時間ほどのエイジング期間が必要な場合がある)でも、これが直接何にでも当てはまるわけではないんです。これは知覚の問題で、Shureヘッドホンは新品でも、1年後でも、同じ音を提供しますよ。

 

S 耳の身体的構造や聴覚によって人それぞれ聞こえる音が異なる(または右耳と左耳でも異なる)のであれば、ヘッドホンをベータテストする基準はどのように作成するのですか?

例として、テクニックを一つご紹介しましょう。私たちはヘッドホンの開発にヘッドアンドトルソシミュレータ(HATS)を使用します。そして平均的な人間の耳のインピーダンスと合致する人工の内耳とあわせて、さまざまなサイズと密度のシリコン製外耳を使用します。耳管の共鳴や耳の形によって影響を受けるヘッドホンの実際のパフォーマンスを測定し、データを回収して各モデルのレスポンスの開発に使用し、「標準的」リスナーの感覚に基づいたフラットあるいはその他の望ましい周波数レスポンスプロファイルを作成します。

そしてもちろん、訓練済みのリスナー(オーディオ愛好家およびプロのサウンドエンジニア)ともベータテストを行います。プロのユーザーは完璧にフラットで、スムーズなスペクトルバランス、ディテールのわかるできる限り高いレゾルーションを求めますが、オーディオ愛好家は音楽性、またはミュージシャンが聞かせたいと思う音を伝える能力がヘッドホンにあるかという点を重要視します。ハーモニーまたは混変調のゆがみ、疲労因子および着用の快適性も両グループによってベータテストで評価されます。

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S 一般消費者向けヘッドホンではベース音の強調がトレンドのようですね

はい、一部の人気製品ではベースのレスポンスを大幅に増強しています。ただし、このような極端な補正はゆがみを大きくするため、いわゆる聴き疲れが高まります。ただし一部のヘッドホンでは、低域の強化には正当な理由がある場合もあります。もちろん、正しくコントロールした上で行われればの話ですがね。強化が利点を生み出すような例についていくつかあげてみましょう。

等ラウドネス曲線(Fletcher-Munson)に基づいたベース強化は、きわめて低レベルでのリスニングには利点となります。私たちの耳は、音量が下がるにつれ低域に対しての感度が鈍くなります。

地下鉄や街中のバスでのリスニングには、低域の増強が外の雑音をマスクしてエクスペリエンス自体を向上させる効果があります。ウェブの閲覧、電子ゲームのプレイ、職場でのリスニングでは、低域を強化することでよりエキサイティングな感覚を味わえます。

ベース音の質が良くない録音では、ヘッドホンがベースを強くすることで音質が良く聞こえるようになります。

低域の増強により、骨導または胸導、鼻腔圧縮などによって体内で失われる音圧効果を補強することも可能です。このような効果は、ライブの最中や部屋にあるラウドスピーカーのローエンドが強い場合に見られます。

 

S Shureのヘッドホン製品ラインのうちつのモデルがオープンバックですね。ユーザーがこのタイプを求める理由は何ですか?

Y これだとラウドスピーカーのペアで聞いているのと似た感じになるんです。通気が内蔵されているために耳が熱くならないので、特に長時間のリスニングには快適ですね。ステレオイメージも高くなるため閉塞感がなく、音響心理効果が高まります。外の雑音はいくらか抑えられますが、聞こえます。よりオープンで空気感がありますが、その分遮音効果はありません。どのヘッドホンにもそれに適した用途があると私たちは信じています。ですから、Shureでは両方のタイプを提供しているわけです。

 

S Shure製品ラインのヘッドホンそれぞれについてコメントをいただきたいんですが、その前に、製品すべてに共通していることはありますか

私たちは開発するヘッドホンすべてにおいて、コストによる制限こそあるものの、可聴周波数レスポンスができる限りスムーズかつ自然に聞こえるよう努めています。私たちのヘッドホンはモデルごとに、それぞれの用途に最適であると明言しています。

私たちはプロフェッショナルな特性を備えた音質の良いヘッドホンを開発しています。音質も耐久性も、プロの要求にかなうものです。たとえば、私たちのヘッドホンはすべて複数回の落下や苛酷な環境にさらされた後でもその性能を失わないようデザインされています。もっとも安価なヘッドホンでも、その環境テストは最高価格のヘッドホンと変わりありません。私たちのゴールは常に100%の信頼性なのです。

その達成方法はシンプルです。製造ラインのヘッドホンはすべてそのフル周波数レスポンス、左右のバランス、感度を100%テストし、雑音や振動音がないか高SPLでのTHDテストも実施しています。一つ一つ、すべてのヘッドホンが、これらの詳細なテストを通過するのです。これにより製品の値段に関わらず、私たちはお客様に常に安定した信頼性をお届けすることができているのです。

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S それでは、現在のShure製品ラインについておさらいしましょう。それぞれの製品についてユーザーが理解しておくべきことを簡単に紹介してもらえますか。

 

SRH240A プロクオリティ・ヘッドホン

SRH240A はハイクオリティなサウンドと快適性を提供します。どのようなデバイスからでも、パーソナルリスニングには最適な製品です。

 

SRH440プロフェッショナル・スタジオ・ヘッドホン

SRH440は優れたステレオイメージ、ワイドなサウンドステージ、フルかつ長い周波数レスポンスを備えています。 トラッキング、屋外レコーディング、ミキシングに最適な働き者のヘッドホンです。折りたたみ可能なデザインで、バッグにも簡単に収まります。

 

SRH840 リファレンス・スタジオ・ヘッドホン

SRH840 は豊かなな低域、スムーズでクリアな中域、幅のある高域を再現します。クリティカルリスニングやスタジオモニタリングに最適です。

 

SRH940リファレンス・スタジオ・ヘッドホン

SRH940 はオーディオレンジ全域において真にフラットで精確なレスポンスを提供。クリティカルリスニング、スタジオモニタリング、マスタリングに理想的です。

 

SRH550DJ DJヘッドホン

SRH550DJ は、DJミキシングおよびあらゆるデバイスからのパーソナルリスニングに適しています。感度が高く、値段も手ごろです。

 

SRH750DJプロフェッショナル・DJヘッドホン

SRH750DJはプロのDJミキシングおよびモニタリング向けにデザインされていますが、最適なパフォーマンスのためにはアンプをお勧めします。

 

SRH1440 プロフェッショナル・オープンバック・ヘッドホン

SRH1440 Open Back はクリティカルリスニングやマスタリングに最適。パーソナルオーディオデバイスに接続でき、アンプの必要はありません。

 

SRH1540 プレミアム・スタジオ・ヘッドホン

SRH1540  は当社最新モデルで、広がりのあるサウンドステージ、クリアで伸びのある高域、温かみのある低域を提供します。クローズドバックで軽量、きわめて優れた快適性のサーカムオーラルデザイン。プロのクリティカルマスタリング、オーディオ愛好家のリスニングに最適です。

 

SRH1840プロフェッショナル・オープンバックヘッドホン

SRH1840 Open Back もまたマスタリングおよびクリティカルリスニング向けにデザインされています。もっともスムーズなレスポンス、鮮やかで明瞭、ディテールに富んだサウンドを幅広い周波数レンジを通して提供します。現在の時点で、一番快適で軽量なヘッドホンです。

 

S 最後に、ヘッドホンの使用に際して安全性に関する問題は何かありますか

大音量で聴かないことをお勧めします!ヘッドホンのユーザーには、安全で快適な音量レベルで使用し、耳の健康を損なわないよう気をつけてほしいですね。

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【後記】

マイクロホンについてお話しするときと同じく、最後に行き着くのはやはり、ヘッドホンモデルも特定の用途とサウンドシグネチャー向けに開発されていて、その選択はお客様自身の主観に基づくものだということです。またYuri氏は、たとえばエントリーレベルのモデル(SRH240A)もパーソナルリスニング向けとはいえ、すべてのShureヘッドホンはプロ基準に見合うものだと指摘していました。

そして最後にもう一つ。このShureエンジニアの「お気に入り」はどれだったんでしょう?確かにどの製品も彼にとっては大切な子供たちのようなものでしょうが、彼がSRH1840を「逸品」と呼んだとき、そのヒントが少し垣間見えたような気がしました。

Shureヘッドホンについての詳細はこちらでご覧ください:

http://www.shure.co.jp/ja/products/headphones

 

Davida Rochman

Davida Rochman

1979 年よりShureに入社した Davida Rochmanはスピーチコミュニケーションの学位を取得しており、マイクに向かって喋るのではなくマイクのマーケティングを行うという大学卒業後初の仕 事が、そのまま生涯のキャリアとなるとは夢にも思っていなかったそう。現在、Davidaはコミュニケーションマネージャーとして、広報からソーシャルメ ディア、コンテンツ開発、スポンサーシップまで様々な活動を担当しています。